兵庫県三木市の情報をどんどん発信!三木市役所職員JJによるブログ。


by oniwabann

カテゴリ:人権( 34 )

〝坂田かおり〞を生きる

「去り行く一切は比喩に過ぎない」ドイツの歴史学者シュペングラーの言葉だそうだ。遠い昔、ある人から教えてもらった。今でも妙に私の脳裏に響いている。

今年50歳、振り返るには少し早いが、私の半生はどんな比喩で表現できるのだろう。

被差別部落に生まれ育ち、当然のように解放運動にまい進した10代。結婚し、子育てに明け暮れた20代。そこで体験した社会の偏見と差別の現実、孤独の過酷さ。挫折は「つながり」の大切さを再認識させた。そして、再び解放運動へ。

凸凹、ジェットコースター…そんな半生でつかんだ私の真実を少しお話したい。

おいたち

1967323日、岡田家の5人兄弟の4番目に生まれる。生後100日目で叔母の家(坂田)に養女としてもらわれた。

まだ保育園年長のころ、幼なじみのYちゃんから「かおりちゃんだってもらい子だがん」と突然言われ…心の中はなんとも言えないさみしさだけが残った…。

Yちゃんは親子遠足から帰った後にお母さんが家を出て行き、悲しみを私に投げつけることで寂しさを紛らわそうとしたのかもしれない。幼いころの私の心は、いつも複雑だった…。裕福ではないけど、兄も姉も仲良しの弟もいる岡田の家。自営業で父も母も遅くまで働いていたため夜は一人ぼっちの坂田家…。

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隣保館での学習会に行くことが楽しかった。学習会では、みんなが集まって勉強したり解放学習の中で人を大切にする心の勉強をしたりする。一人じゃない、みんなが集まる安心できる居場所だった。

5年生の時に幼なじみから自分の生まれ育ったこのムラが同和地区であることを聞かされた。ショックだった…。なぜ、大好きなこのムラが差別を受けてきたのか…。なぜ、今でも差別が残っているのか!?不合理な差別への怒りと共に社会的立場を自覚することで、部落差別について学び直しと解放への思いを新たにした解放学習会。

立場宣言

「部落差別をなくしたい! あらゆる差別をなくしたい! 部落に生まれたことを誇りに思う!」隠さず生きる、思いを伝える、差別を共になくす仲間になって欲しい! 差別をしない生き方をする!!

差別をなくしたい! 願いは、友だちのシンドイ思いも含め本音で語り合える仲間とつながる時間(学習)でもあった。初めての高校生集会、全国各地にこんなに多くのつながる仲間がいるんだ!と感動した。

20代〜現在

地区外の男性と結婚。出産、子育て、離婚。部落差別って、結婚差別・就職差別ばかりじゃなかった。自分の住んでいるここで、すぐ横で、〝いまここ〞に差別があるんだ。地域、学校、保育園、生活しているこの日常の中で「ここには同和地区が無いから同和地区の人が住んで無いから関係ないよね。」「同和地区の人と結婚した人はみんな不幸になっている。」言えないこと、語り合える仲間がここにいないこと、孤独の中での子育て…。

「差別をしない子に育てたい!!」わが子への願いは、出逢ったすべての子どもたちへ。

差別をしない→誰も排除しない! 一人一人に出逢い、その人を知る→認める! 認め合う!

シングルになり離婚を通して根強い女性差別「あなたが忙しい(仕事)からね。離婚したんでしょ?」に嫌気がさした。私はわたしらしく幸せに生きると決めた。

豊かな仲間との出逢いは、多様な生き方を知る。差別をしない生き方は自分を豊かにする。自分の〝しあわせ〞は自分で決める。私はわたしらしく生きる。

50歳は論語では知命とされる。知命…五十にして天命を知る。私の天命は「〝坂田かおり〞を生きる」ことだ。

激しく、優しく、たおやかに…何よりも仲間とのつながりに支えられて。

    

部落解放同盟鳥取県連合会西部地区協議会女性部長 坂田かおり
    
    
    

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by oniwabann | 2017-03-29 09:41 | 人権 | Comments(0)
 私は韓国釜山生まれ釜山育ちの韓国人です。大学3年生の時、交換留学がきっかけで初めて日本に来ました。
 1年間の留学生活はとても楽しく、日本での生活に苦は全くありませんでした。留学が終わり、韓国に帰国して数年間日本語を教える仕事をして再び日本に来ることになりました。今度は留学生ではなく社会人としてです。するといろんな困難に直面してしまいました。それは学校という大きな守りがある留学生時代と違って一個人として、ただの外国人として生じる困難でした。
 日本の制度、習慣、社会的観念、偏見、何より言語が大きな壁でした。働くとなるとこの全てのハードルがスタート時点にセットされ、それらを乗り越えないままではスタートすら出来ないことを痛感しました。
 多くの方は「外国人」という言葉を聞くと、まず西洋人を思い浮かべるでしょう。それから言語は英語が思い浮かぶでしょう。日本人と外見が変わらない私が「韓国人」をカミングアウトすると、なぜか「No」と答えが返ってくることがよくあります。韓国人にも英語は外国語のため、苦手な人はたくさんいます。日本と同じなのです。
 私は来日して12年目ですが、日本語がどんなに話せても自分の考え、感情を母国語で伝えるよりは、はるかに下手になります。思いの60~70%ぐらいでしょうか。
 言語にはその国の持つ性格がそのまま溶け込んでいます。日本語は謙譲語、敬語、受身、使役など、他人を思う言葉が主になっています。習慣的に相手を立ててへりくだる表現などは、特に日本語特有な話し方だと思います。その特有な話し方が日本語の隅々にあるため、日本語を話すときは日本人らしさ(日本人の真似)が求められます。
 私の場合、母国語の韓国語を話す時は、やはり韓国語が持つ特性、ストレートな話し方になります。主に「私」が中心になります。そのため最初の頃は日本語が話せても、どこか聞きづらい、自己主張の強いキツイ人になってしまい、トラブルもありました。その理由を理解するのに、かなりの時間がかかりました。このハードルは12年住んでいても、未だに解決できない問題です。知らずに他人を傷つけたり(韓国語のストレートな表現)、傷ついたり(思いが伝わらない、不慣れさ)しています。
 外国人同士、繋がっていると思われがちですが、実は外国人同士も繋がっていないのが現状です。三木市には国際交流協会がありますが、その存在を知らない外国人の方が多いのではないでしょうか。そして外国人同士もお互いの国の言葉は分からないため、共通語は日本語や英語になります。どちらも苦手な人が多いので情報交換、意見交換、ただの世間話もできないのです。日本の制度、ルール、社会的観念が分らないため、経験する失敗、戸惑いも数え切れないほどです。 自分たちの国の社会的観念、習慣などが身についているため、日本社会にふさわしくない場合もあると思います。すると段々日本社会に踏み出そうとする勇気がなくなり、孤立するのでしょう。 しかし、日本で生きると決めた私を含め、外国人はそのような困難を抱えたり、乗り越えたりしながら気を張って生きているのです。「外国人」ではなく、「三木市民」「ご近所さん」として生きていきたいです。

曺潤貞(ヂョユンジョン)



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by oniwabann | 2017-02-21 09:59 | 人権 | Comments(0)

男女共同参画セミナー

●楽しく動いて転倒予防~介護とケアメンについて知ろう!~
【日時】
平成29年2月13日㈪
午前10時~11時30分
【場所】
別所町公民館
【費用】
無料
【対象】
どなたでも(申込不要)
【持ち物】
うちわ2本、タオル
【講師】
平田和美さん
⦿一時保育なし

●男と女(ひととひと)・笑顔と笑顔・楽しく考える男女共同参画
【日時】
平成29年2月21日㈫
午前1時30分~3時
【場所】
中央公民館
【費用】
無料
【対象】
どなたでも(申込不要)
【講師】
林家花丸さん
⦿一時保育なし

【問い合わせ】
三木市男女共同参画センター こらぼーよ
☎0794-89-2331



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by oniwabann | 2017-02-10 09:07 | 人権 | Comments(0)
 皆さんは手話を見たことがありますか?手話は日本語に手の動きを付けているのではありません。「手話」という言語があります。日本人は日本語を使い、アメリカ人は英語を使い、ろう者※は手話を使います。ごく普通のことです。だから日本人は日本語が第一言語となり、アメリカ人は英語が第一言語で、ろう者は手話が第一言語となるのです。
 皆さんは聞こえない人と会ったことがありますか?「えっ!?聞こえない人って!?」と思われると思います。そうです。聞こえないかどうかは見ただけではわかりません。目の不自由な人は白杖を持たれ、足の不自由な人は車いすを使われるなど見てわかりますが、聞こえない人は見ただけではわかりません。もしかしたらさっきすれ催し, 人権ちがった人が聞こえない人かもしれません。スーパーのレジで並んでいる時、後ろにいた人が聞こえない人かもしれません。近くに聞こえない人がいるかもしれないということを普段から頭に置いておいてください。
=たとえば=
・病院で名前を呼ばれているのに誰も立ち上がりません。呼ばれないままずっと待っている人がいます。
・道を歩いていて後ろから来た自転車がチリンチリンと鳴らしているのによけたり振り向いたりしません。
・駅で「電車が不通になっています」とアナウンスがあったにもかかわらず、「まだかな?おそいな」と待っている人がいます。
 こんな場合、聞こえない人である可能性があります。少しの手助けがあれば何もないことなのに…一歩踏み出してみてください。
 「三木市共に生きる手話言語条例」の基本理念に「ろう者が自立した日常生活を営み、全ての市民と相互に人格と個性を尊重しあいながら心豊かに共生することができる地域社会の実現を目指し、手話を使用しやすい環境を構築するものとします」とあります。すべての人が手話を使うことができる社会が理想ですが、なかなか難しいので、まずは聞こえないということを理解していただくことから始めたいと思います。三木市では手話啓発講座を開催しています。「三木市はじめての手話講座」と題し、小中学校を中心に
 「聞こえるってどんな事?」
 「耳のしくみ」
 「手話ってどんな言葉」
 「手話で話してみよう」
という内容で啓発講座が開かれています。私たちの周りに聞こえない人がいるかもしれない事に気付いて、聞こえない人たちのくらしを知ってもらうことを目的としています。
 音からの情報が得られないから周りの様子がわからず危険を察知できなかったり、相手の気持ちが伝わらず誤解を招くことになったりということがあります。同じ人間なのに差別を受けることもあります。おかしいと思いませんか?誤解を増やさないためにも「聞こえないこと」を理解していただき、皆同じ条件で生活できることを願います。私たちはそのお手伝いをしています。三木市共に生きる手話言語条例が施行され1年半がたちます。まだ始まったばかりです。条例ができて本当に良かったと言えるように頑張っていきたいと思います。
※ろう者とは聞こえない人のうち主に手話を使い意思疎通をされる人たちのことを言います。

手話サークル「みき」 帆先 日登美



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by oniwabann | 2017-01-29 10:00 | 人権 | Comments(0)
 三木市人権・同和教育協議会では、「障がいの有無にかかわらず、共に学び合う教育、学校づくり」をテーマにした映画「みんなの学校」を上映します。当日は、原作の著者で、大阪市立大空小学校の初代校長の木村泰子さんの講演があります。

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【日時】
平成29年2月26日(日)
・開会あいさつ    午後0時30分~
・映画の上映     午後0時35分~  
・木村泰子さん講演  午後2時40分~  
【場所】
三木市立市民活動センター 3階 大会議室
【入場料】
500円、高校生以下無料
【定員】
先着200名
【募集期間】
平成29年1月10日~

○託児は、会場後方スペースでの見守りとなります。定員に限りがありますので、希望する方は事前に事務局まで申し込んでください。

【問い合わせ】
三木市人権・同和教育協議会事務局(三木市立総合隣保館内)
☎0794-82-8388
三木市志染町吉田823



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by oniwabann | 2017-01-11 09:45 | 人権 | Comments(0)
 私の妻には、明治生まれのおばあちゃんがいます。
 数年前までは、足腰の衰えや少し耳が遠いのですが、特に大きな病気もせずに畑仕事や食事の用意など、また、週3回デイサービスに通っていて元気に過ごされていました。
 しかしある日、椅子に座ろうとして転倒してしまい左大腿骨を骨折してしまいました。手術をして2カ月の入院を余儀なくされ、リハビリもおこない退院しましたが、二度と立つこと歩くことができなくなりました。
 今まで特にサポートをしなくても、自力で生活できていたのに一転、要介護者になってしまいました。
 現在は、老人ホームなどの施設も充実しており、家族内では、施設に預けることも検討しましたが、おばあちゃん本人は、自宅での生活を希望した為、自宅での介護をすることになりました。
 その介護を私の妻がすることになりました。
 毎日、自宅と妻の実家を往復して、週末には泊まりこみで介護を行っています。
 足以外は健康そのものですが、特にトイレに関しては大変で、抱きかかえてトイレに運ぶことの繰り返しです。そのようなことが続くと、妻の方が参ってしまいますので、オムツを併用してもらいながら生活しています。
 私の娘も少しでも妻の助けになるように介護の手伝いをするようにしてくれています。
 なんといってもおばあちゃんも家族の一員です。おばあちゃんの意思を尊重しながら介護を続けていかないといけないと感じています。
 これ以上、妻だけに負担をかけないように家族全員で協力して、介護に向き合っていこうと思っています。
 今後、高齢者が増加していく中、高齢者特有の病気等を抱え、介護の負担による心身の疲れなどのニュースを耳にすることも少なくありません。
 私たち若い世代が、介護について人ごとではなく、「知ること」、「理解すること」、「協力すること」など、知識を深め、介護社会に関わっていくことが重要となります。
 いずれ自分の身にも同じことが起こるかもしれません。
 お互い向き合い、正しく理解し、少しでも不安や負担を軽減できるような介護社会になるよう願っています。
平田小学校 PTA 高橋良知



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by oniwabann | 2016-12-20 09:04 | 人権 | Comments(0)
 私には、81才になる母方の祖父がいます。一緒には住んでいませんが、祖母と二人暮らしなので、たまに家族揃って顔を見せに行きます。
 祖母には、いつも小さい時から、とてもかわいがってもらっています。でも実は、祖父にかわいがってもらった記憶がないのです。
 ごはんを一緒に食べていても、自分が食べたら、部屋から出て行って一人で過ごす。会話をしていても、会話にならずといった感じで、旅行に誘っても行かないし、何か近寄りがたいなぁと思っていました。
 でも最近、その状況がかわりました。
 2年前、祖父が肝臓ガンを患いました。タバコもお酒も大好きで、もちろんごはんも大好きで、体の大きな人でしたが、「癌」の宣告を受けてからというもの、寂し気で、弱々しい姿を、時折見せるようになりました。
 不安な時は、いっぱいしゃべりかけたり、話を聞いてほしいかも?と思って、以前より私は話しかけるようにしました。すると、祖父は、私の名前も妹の名前も、ごっちゃになっていたのに、私の名前と顔が一致して、間違えずに言えるようになりました。肝臓ガンでも、初期ではなく、ステージが、かなり進行しているので手術して数ヶ月もたたないのに、再発→抗癌剤→再発→治療という感じで、入退院をくり返しています。その度に、元気がなくなり、寂しそうな様子です。手術の前は、不安がいっぱいで病院に会いに行くと、とても嬉しそうです。
 入院中は、お医者さん、看護師さん、祖母に、わがままを言って、同室の人も、うんざりされ、でも自分に気を向けてほしいので、わがままは、更にエスカレート…揚げの句の果てには、入院期間が予定より短くなります。
 最近では、物忘れが激しくなり、言っている事のつじつまが合わなかったり、お風呂に入ったり下着を替えることも嫌がるようになりました。祖父のそばに行くと悪臭がします。自分は汚れていない、お風呂に入らなくてもきれいと言って何日も入浴しないのは、認知症の始まりだそうです。
 祖母も昨年、肺ガンを患い、体力も限界で困り果てて、私の母に相談してきました。二人とも田舎暮らしがいいので、私達の所で住む気は、全くなく、できる限り二人で頑張りたいと、言っているので、応援するしかないという事になり、まずは、目先の問題から着手しようと思い、祖父に入浴や着替えについて、理解してもらう為、いろいろ試しましたが、どれも功を奏せず、最終手段で、私が祖父に提案するのが、一番きき入れてもらえるだろうという事になりました。
 私からシャンプーとボディソープをプレゼントしました。
「おじいちゃん、最近お風呂入ったんいつ?おじいちゃんに、いい臭いのする体を洗う石けんと、シャンプー買ってきたよ。汗かく男の人用だから、すっきりすると思うよ。」と言って渡しました。「今日入らなくても、明日でもいいけど、きっといい臭いするから、使った感想教えてね。」と言って両手で握手しながら話しかけると、祖父は、「ありがとう。あんただけや、こんな事してくれるんは。」と言って喜んでくれました。
 そして、次の日、祖母から母に電話があり、「お風呂に入って全身洗って着替えもしたよ。文句言わずに、スムーズにできた。」と言ってたらしく、祖父も「これは、気持ちええ。」と言っていたと聞いて、学校から帰った私はすごくうれしくなりました。
 最近は、老人介護で、トラブルが多発し、果ては殺人までというニュースをよく目にします。それは、介護する人が、どうしようもなく困ったり、イライラしたり、逃げ道がなくなって、おかしてしまうのかもしれません。
 でもそれは、誰もが持つ、心の闇にスイッチが入ったからで、そばに相談する相手や、話を聞いてくれる人がいなかったら、誰にでも起こりうる事じゃないかと祖父を見て、改めて思いました。
 これから先も、祖父・祖母の事を大切にして、困った時は、話を聞いたり、私にできる事は、快く手助けしたい!そう思えるようになりました。
 私も含め、誰もが年老いていくのだから、手をさしのべる相手がいたら、迷わず私の手を差し出したいと思います。

三木中学校 3年 岸本彩楓



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by oniwabann | 2016-11-28 09:14 | 人権 | Comments(0)
【日時】
平成28年11月19日㈯
午後2時15分~4時30分
【場所】
三木市文化会館 小ホール
【費用】
無料
【対象】
どなたでも
【申込方法】
電話、窓口にて下記まで申し込んでください
【定員】
先着300名
【講師】
兵庫県社会福祉士会高齢者虐待対応委員会委員長 伊東圭一さん

【問い合わせ・申込】
人権・同和教育協議会事務局(総合隣保館内)
☎0794-82-8388 FAX0794-82-8658



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by oniwabann | 2016-11-11 09:25 | 人権 | Comments(0)
●11月12日~25日 女性に対する暴力をなくす運動週間 25日は「女性に対する暴力撤廃国際日」
 夫・パートナーからの暴力、性犯罪、売買春、セクハラ、ストーカー行為などの女性に対する暴力は、女性の人権を侵害するものです。女性に対する暴力の根底には、女性の人権への軽視があることから、「女性に対する暴力をなくす運動週間」では、女性の人権尊重のための意識啓発を行います。
▶ひとりで悩んでいませんか?
 相手との関係を「つらい」「なにかおかしい」と感じていたら、どんな小さなことでも相談してください。あなたが安心した生活を送れるようにお手伝いします。相談無料、秘密厳守。
【相談窓口】
・DV相談室 ☎82-8300
・(県)女性家庭センター ☎078-732-7700
・県警察ストーカーDV対策室 ☎078-371-7830

●全国一斉「女性のホットライン」強化週間d0107394_9214570.png
 セクハラや夫・パートナーからの暴力など、女性をめぐる様々な人権問題について電話相談に応じます。
【日時】
・平成28年11月14日㈪~18日㈮
 午前8時30分~午後7時
・平成28年11月19日㈯、20日㈰
 午前10時~午後5時
☎0570-070-810
▶相談担当者 人権擁護委員、法務局職員
【問い合わせ】
神戸地方法務局人権擁護課
☎078-392-1821



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by oniwabann | 2016-11-11 09:22 | 人権 | Comments(0)
「わたしの兄」
 わたしには、しょうがいのある兄がいます。兄は手や足を自由に動かせません。
 兄は生まれたときに、息をしていなかったそうです。すぐに病院へ行き、命は助かりました。息もできるようになりました。しかし、手や足を自由に動かすことができなくなってしまいました。何度も病院へ行きましたが、どうしようもなかったそうです。それから、兄は同じくしょうがいのある人が通う学校へ通うようになりました。そこでは、兄のように手や足を自由に動かせない人など、様々なしょうがいのある人がいました。そこでの生活で、兄はさびしさを感じたことはなかったように思います。
 兄は今、しょうがいのある人がいく病院で入院しています。兄は、夜のねているときに息をしていない「無こきゅうしょうこうぐん」という病気にかかっていました。自分の意識とは関係なく、息をしなくなってしまうので、ほうっておくと死んでしまう可能性がありました。兄はしゅじゅつすることになりました。そのしゅじゅつは、のどのしゅじゅつのため、兄はしゃべることができなくなるようでした。わたしは、兄と話すことができなくなってしまうことがとてもいやでしたが、兄が死んでしまうほうがもっといやでした。だから、悲しかったですが、しゅじゅつをしたほうがいいと思いました。しゅじゅつは無事に終わりました。わたしは、心から兄が生きていてくれて、ほっとしました。兄はしゃべることができなくなってしまいましたが、わたしが病院に行くといつも喜んでくれるので、とてもうれしいです。これからも、もっと病院へ行きたいです。
 兄は今年で二十六才になります。わたしとは十六才はなれています。年ははなれていても、兄はわたしの兄です。ときどき、兄にしょうがいがなかったら…と考えることがあります。しかし、それを考えることに、あまり意味はないのだろうとも思います。兄は、今の兄だからこそ、楽しいときも、悲しいときも、苦しいときもいっしょにがんばって乗りこえることができたのだと思います。わたしは、しょうがいのある人があきらめずにがんばっているすがたをすごいと思います。
 わたしは、何でもすぐにあきらめてしまうことがあり、やろうと決めたことをさいごまでやりきることができません。しかしこれからは兄のように、何でもあきらめずにがんばって生きていきたいと思います。

三木市立別所小学校 5年 安達美姫



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by oniwabann | 2016-10-25 10:15 | 人権 | Comments(0)