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カテゴリ:人権( 53 )

人権の目 

「差別をなくする輪をひろげよう」市民運動作品 作文 小学校5・6年の部 優秀賞
   
『自分が支えになれるように』             
                                別所小学校6年 豊 住 美 桜 
 
 五年くらい前、私のおばあちゃんは足が悪くなり、手術をしました。そのため、つえを使ったりどこかにつかまったりしないと歩けません。外に出かけるときは、いつも車いすに乗っています。歩いている様子を見ていると、段差のあるところはもちろん、平らな所でも手すりを持って歩いたり、片足を引きずるようにして、歩いたりしていて、とても大変そうに感じます。おばあちゃんの足が悪くなってからは、つえをついている人や車いすに乗っている人のことが、それまで以上に目につくようになりました。
 私も四年生の時、学校で友だちとぶつかり、足の甲を骨折してしまいました。二か月くらいの間ギプスをしていたので、階段の上り下りが困難で、教室の移動はエレベーターを使ってしていました。また、松葉づえをついていたので、学校内や登下校の時には友だちに学習用具やランドセルなど、いろいろな物を持ってもらうこともありました。家では、二階に上がるのに、お父さんにおんぶをしてもらっていました。
 外に出かけるときには、おばあちゃんの車いすを借りることもありました。そこで一番困ったのは、トイレでした。どこにでも車いす専用のトイレがあるわけではなく、もしあったとしても、待ち時間がとても長くなる場合があります中には、車いす専用のトイレを健常者が使っていて、すぐに利用することができなかったこともありました。駐車場でも、それに似たような経験をしました。車いす用のスペースに駐車しようと思っても、健常者が利用していて、車を停めることができなかったのです。ちょうど空いているから、都合がよいから利用しよう、という気持ちになるのかもしれませんが、自分のことだけを考えるのではなく、その場所を必要としている人々がいることを少しでも考えて、行動をしてほしいです。
 私は骨折によって、普段当たり前にしていたことができなくなり、おばあちゃんの大変さがより分かるようになりました。でも、友だちや家族の助けを借りることで、普段通りに生活を送ることができました。今度はこの経験を活かして、自分がお年寄りや体の不自由な人々の支えになりたいです。自分から話しかけること、行動を起こすことは少し恥ずかしくて、勇気が必要なことかもしれませんが、それを乗り越えて人に優しくできる自分でありたいと思います。そして、みんながそのような気持ちでいられたら、きっと誰もが毎日を気持ちよく過ごせるようになるのではないかと思います。
  
  
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by oniwabann | 2018-11-29 11:02 | 人権 | Comments(0)

外国人の人権とは

私は日本に40年余り住んでいますが、今でも自分自身は「外国人」だということに改めて気づかされることがあります。
 たとえば、学校・大学で日本人の先生は名字で呼ばれますが、外国人の先生は、名字ではなく名前で呼ばれることがよくあります。そのため63歳の私は「音羽先生」ではなく、「レベッカ先生」と呼ばれ、ほかの先生たちと比べ何か尊敬されていないような気になります。また、自分が住んでいる村で、自分の家の玄関を出ると、私の顔を見て「外国人だ」とびっくりされます。外国人へのこうした対応や反応はいつまで続くのでしょうか。こういう小さいことを毎日経験して、いつまでもこの国で落ち着くことができないなと思ってしまうのです。
 「外国人」とは何でしょうか。法律上、「外国人」という言葉は日本の「国籍」を持っていない人、「国民」ではない人を指しますが、日本に生まれ育って、日本国籍を持つ息子たちでさえ、小学生のころ、「外国人だ」と叫ばれ、同級生から追いかけられたことがあります。追いかけた子どもたちは、その言動を一体いつ、どこで身に付けたのでしょうか。
 外国人の尊厳や人権を保障するために、国際的に条約や法律を決めることは良いことですが、それはあくまで、「外国人」と同じく定義によるものになります。法律ができるまでのプロセスには、個人の思いや意見があって、それが社会の中に強まっていくと、やがて法律になっていきます。個人の意識の高まりが社会を少しずつ変えていきます。逆に、個人の意識が変わっていかなければ、社会は一向に変わらないままです。自分の心を見つめて、一人の人間として、自分と違う人と分け隔てなく付き合うことができるか、ということを自らに問いかけてほしいと思います。  
 私は「外国人」という画一的な見方や排除しようとする意識などが早く社会からなくなってほしいと思います。特に「外」と「内」の違いを強く感じる日本では、こういう「外国人」という言葉は強く響きます。人間は言葉を使って、他の人を「箱」に詰めがちです。「外国人」という言葉の「箱」は使う人も使われる人も心を痛めます。なぜかというと、お互いの人生を狭くするからです。あなた「日本人」と私「外国人」と、言葉の箱に詰めないで、違うところより似ているところを見つけてみませんか。これは、法律のレベルの問題ではなく、みんなが個人のレベルでできることです。
 私は先週、民泊のグループで、来日した中国の学生たちを家に泊めました。確かに「外国人」ですが、話してみると、自分と同じく将来の夢や不安など、話がはずみます。違うところがあっても、私たちはみんな同じ人間なのです。
 まずは「外国人」との違いを過剰に意識しないで、いろいろな人と分け隔てなく交流してみませんか。

   
音羽レベッカ
  
   
   
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by oniwabann | 2018-10-29 15:16 | 人権 | Comments(0)

「えっ、なんでみんな遊んでたん」
私は、心が痛くなりました。お母さんから
「なんで、今日遊ばんかったん」
と言われ私は、こう返しました。
「だって今日遊ばれへんようになったってラインきたもん」
するとお母さんが
「えっ、みんな遊んでたみたいやで」
と言ってラインをかく認しました。やっぱり私は、ことわられていたのです。
 お母さんに聞かれました。
「あんたに心あたりないの?何もなかったらことわられへんやろ。自分の心に聞いてみ」
きのうも遊んだし、何回考えても分からない。お母さんと話し合いをして、私に悪い所があればなおさないといけないし、でも聞かないと分からないので友達に直接聞くことにしました。
 とってもこわくて勇気がいったけど、思いきって聞いてみました。
「なんで今日、私だけことわってみんなで遊んでたん」
「う~ん。わからへん。ことわってって言われた。でも一つだけ、○○に似てるって言われた時は、いややった」
私はなみだがでてきました。遊んでる中で楽しく言っただけなのに。でもちゃんとあやまりました。
 もう一人の友達にも聞きに行きました。私も泣いていたけど友達も泣いていました。友達の中で、はやっていたクレーンゲームのスクイーズを、私はたくさんとれていたけど、友達は、とれなかったことが遊びたくない原因だと分かりました。最近ゲームに行って、私がとれていたことがくやしかったと教えてくれました。
 楽しく遊んで言ったことが、友達をきずつけ、いやな思いをさせてしまいました。「仲がいいから、友達だから、何を言ってもいいわけじゃない。言葉で人の心をつらくしてしまい楽しい時間もかえてしまう。本当に気をつけないといけない」ということが分かりました。楽しくしていたクレーンゲーム。自分は、とれてニコニコだったけど、とれなかった人の気持ちまで考えていませんでした。「人のこと、まわりを見なければ、自分だけになってしまう」そう感じました。
 今回いっぱい泣いて、つらくて、なんで自分だけと思ったけど、思いきって勇気を出せたこと、自分を見直すことを勉強しました。そして自分がされて、いやなことは、人にはしない。お母さんとお父さんともいっぱい話し合い、そう約束しました。今、その子たちとは、今まで以上になかよしです。

自由が丘東小学校4年 松蔭夢叶
   
   
   
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by oniwabann | 2018-09-26 10:01 | 人権 | Comments(0)

人権の目

「声なき声を~富山型デイの根源~」
    

 私の働いている職場は富山型デイサービスと呼ばれています。富山型デイサービスを最初に作ったのは、日赤病院で長く看護師をしていた惣万佳代子さん。病院のベッドの上で「どうして畳の上で死ねんがけ?」と息を引き取っていくお年寄りの姿を見て、仲間とともに、平成5年に立ち上げたのが富山型デイサービスの元祖「このゆびとーまれ」です。これを機に、富山県内外に広がりました。そして、私も平成9年3月に自宅を開放し、富山型デイサービス「にぎやか」を立ち上げました。
 富山型は他のデイサービスとは大きく違う特徴があります。一般的にデイサービスというと、お年寄りが通うイメージが強いと思いますが、富山型は高齢者だけでなく、赤ちゃんからお年寄りまで、障がいの有無を問わず誰もが利用できます。これが当時はとても珍しく画期的な取組でした。なぜなら、それまでは身体が不自由な人は身体障がい者施設、心が不自由な人は精神障がい者施設、65歳以上であれば老人施設といったように、同じ人間なのに、同じ障がいや高齢というだけで一カ所に集められることが一般的に良いと思われていたからです。地域にはいろいろな人が居て当たり前です。いろいろな人が困ったときに身近にいつでも利用できる場所であり、障がいがある人も、ない人も、お年寄りも子どもも同じひとつ屋根の下で支え合って生活できる場所、それが富山型デイサービスの魅力です。
 「にぎやか」では今日もいろいろな人が一緒に一日を過ごします。産まれたばかりの赤ちゃんが泣いています。その子にミルクをあげているのは84歳の認知症のおばあちゃんです。「認知症の人に赤ちゃんを抱かせて大丈夫?」と心配するかと思いますが、お昼ご飯を食べた事、今日の季節、曜日がわからなくても、赤ちゃんを抱く手、赤ちゃんを見つめるまなざしはまぎれもなく母親です。人生において経験したものは忘れるどころか、年齢を重ねるごとに深まり、母親としての愛や思いやりは認知症になっても消えることはありません。おばあちゃんの温かな胸のなかで眠る赤ちゃん。時間に追われ忙しく動き回る私達スタッフではまねのできない、ゆっくりとした時の流れは神々しくもあり、その姿に私たちが癒されるほどです。
 また、身体障がいがあり、自分でご飯を食べられない人に3歳の子どもが一生懸命ご飯を食べさせようとスプーンを口に運んでいます。小さい頃からにぎやかで育った子どもたちは障がいのある人を特別視しません。できないことは手を貸し、できることは手を貸さない。そんな当たり前のことを自然にできるのは、小さい時から一緒にご飯を食べ、一緒に生活してきたからこその成せる業です。
 障がいが個性だとすれば、障がいがあるからと特別に優しく、丁寧に接する必要はなく、互いの個性を尊重し合った、対等な関係で接すれば良いだけなのです。でも、障がいがある人や認知症の人と接する経験が少ないと、人権を尊重しようとするあまり、「失礼があってはいけない」と話しかける言葉にも気を付けたり、「傷つけたりしてはいけない」とコミュニケーションもぎこちなくなるものです。
 人権を大切にするなら、障がいという言葉で先入観を持たず、ちゃんと目の前の人に自分をさらけ出し、向き合ってください。障がいという自分にない個性に興味をもってください。それが本来の人権を尊重することだと私は考えています。
     

NPO法人にぎやか理事長 阪井由佳子
   
   
   
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by oniwabann | 2018-07-30 10:08 | 人権 | Comments(0)

 日本国憲法に、個人の尊重と法の下の平等がうたわれ、男女平等の実現に向けた法整備や様々な取り組みがスタートして71年、男女雇用機会均等法施行から32年。そして、男女が互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を発揮することができる社会の実現をめざした「男女共同参画社会基本法」が施行されてから19年経ちました。
 今、男女がともに活躍できる社会になっているのでしょうか?
 国や県、三木市の意識調査の結果においては、「家庭」や「学校」「地域」で、徐々に男女の平等感が高まり広がってきているものの、「社会通念・慣習等」「職場」「政治」では男性が優遇されていると答える人が半数を超え、これらの分野においてはまだまだ男女共同参画が進んでいないことがわかります。
 女性活躍関連データを世界各国と比較しても、日本の女性は教育や健康水準の高さに比べ、政治や経済分野への参画は極端に低い水準で、女性の能力を活かしきれていないのが現状です。
 このような国際的な情勢や日本の少子超高齢社会の課題、社会経済情勢の急速な変化に伴い、ますます男女がともに活躍することが求められ、平成28年には女性活躍推進法が施行されて、職場における女性の活躍推進が加速しました。
 そのため、企業等では、育児や介護等の支援制度を整え、家庭生活と両立できる職場づくりを進めていますが、制度はできても活用しにくい職場の風土や男性管理職等の女性活躍に対する意識の低さなどが課題として残されています。
 私は、様々な企業への訪問を重ねる中で、かつてのように、あからさまに、「女だから」とか「女のくせに」といった性別による差別的な言動や「男は仕事、女は家庭を守るべきである」といった固定的な性別役割分担意識を押し付ける人は少なくなってきたように思います。しかし、性別にまつわる無意識の偏見や思い込みは依然として多く、女性の採用や継続就業、昇進昇格などに大きく影響を及ぼしているように思います。
 学校教育においても、中学校が平成5年、高等学校では平成6年
から家庭科が女子のみの必修から男女ともに選択必修になりました。この時期を境に若者の「女性の社会参画」や「男性の家庭参画」への意識が大きく広がったように、無意識の偏見や思い込みを無くしていくために、家庭や地域、学校、職場などあらゆる場で男女共同参画の視点に立った教育・研修の重要性を実感しています。様々な法律や施策が整ってもそれらを運用する人々や活用する人の意識が変わらない限り、何も実現することはできません。一人一人が自分の中にある無意識の偏見や思い込みに気づき、それを意識して、周りの人々に一方的に押し付けないよう、自分の意思を伝えることと相手の意見を傾聴することのバランスを保ちながら、男女がともにいきいきと活躍できるように行動していくことが大切ではないかと思います。
 このたび、市が策定した三木市男女共同参画プラン(第3次)を読んでいただき、市民の皆様と行政、関係機関・団体、企業の方々が連携し協働して、三木市の男女共同参画社会を実現し、男女がともに活躍できる社会を次世代に継承していけるように心から祈念しています。
   

三木市男女共同参画プラン策定委員会委員長 濱口清子
   
   
    
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by oniwabann | 2018-06-27 09:59 | 人権 | Comments(0)

 男女共同参画センターでは、この週間にあわせ記念講演会を開催します。
 今年は、男女共同参画社会の実現、女性の活躍推進においては欠かせない「ワーク・ライフ・バランス」がテーマとなっています。女性の方はもちろん、男性の方も多数ご参加ください。
     

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●記念講演会「あなたと私のこれからの人生~仕事(含家事・育児・介護)と生活のバランスを取るために~」
▼日時
平成30年6月23日(土) 
午後1時30分~3時
▼場所
三木市教育センター 4階大研修室
▼講師
高嶋紀子さん(ウィメンズメッセージズ編集長)
▼託児
1歳以上~就学前
(申込期限 平成30年6月6日(水)まで)
    

▼問い合わせ・申込
三木市男女共同参画センター(こらぼーよ)  
☎0794-89-2331
   
   
   
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by oniwabann | 2018-06-04 09:09 | 人権 | Comments(0)

 さっそくですが、次の数字は、何を表しているでしょう。
①平成28年は、年間約12万件で前年から約18%増えて過去最多
②平成28年は、年間約70%の学校で約23万8千件、これも過去最多
③平成29年は、年間567人で前年の約1.1倍
④平成28年は、約13万件
⑤平成28年は13.9%で約7人に1人
 これらは、すべて最近の子どもにかかる数字です。①は児童相談所が対応した児童虐待の件数、②はいじめのあった小学校の割合といじめの件数、③は自死した未成年者の人数、④は未成年者が被害者の犯罪の件数、⑤は相対的に貧困状態にある子どもの割合で、子どもの貧困率といわれているものです。これが最近の子どもの人権をめぐる状況の一つです。こうした生きにくさを抱え、苦しみの声さえ聞こえてきそうな子どもの人数は増えています。少子高齢社会といわれ、子どもの人数が減っているなかでのことですので、これらの子どもの割合はいっそう増えていることになります。
 このような状況を「最近の子どもは何を考えているのかわからん」「社会がおかしくなっている」と言って他人事にできるでしょうか。そうでないのは明らかです。虐待は、子どもの人権を踏みにじる行為で、子どもを身体的、心理的、性的に苦しめ、あるいは、養育を放棄しているのは大人です。
 いじめはどうでしょう。確かにいじめる側は指導されるべきです。ただ、子どもたちが抵抗感や罪悪感が乏しいまま、他人が嫌がることをしてしまうのはなぜでしょう。そこには、弱者と見なした人を蔑(けさず)むヘイトの気持ち、心身の痛みへの想像力の乏しさ、暴力で問題を解決する態度があります。これらはすべて、もともと大人にあったものを、子どもたちが知らず知らずのうちに染み込ませていったものといえるでしょう。子は親(=大人、社会)の鑑(かがみ)と言いますし。
 自死も同じです。自死の理由で最も多いのは「進路・学業等不振」です。子どもたちをこれらのことで悩ませているのは誰でしょう。学業成績、ひいては学歴に重きを置き、そのプレッシャーを掛けたのはやはり大人であり、社会の価値観です。何より子どものそのような状況を見逃し、援助できなかった責任は大きいといえるでしょう。また、貧困も犯罪被害も、子ども自身が好きでそのような状況にあるはずはなく、それを生み出した大人の責任以外の何物でもないでしょう。
 ただ、好きでそうしている大人はいないでしょう。知らず知らずのうちに染み込んでいる様々な価値観が呪縛になっていたり、いくらあがいてもにっちもさっちもいかない状況に置かれたりして、わかっていながらも、そうせざるを得なかった状況に追い込まれているのかもしれません。こうした状況を共感的に理解するまなざしを持てること、大人同士、大人に限らず人と人とが互いに責めることなく、支え支えられる関係、救い救われる関係を持てることが、子どもの人権を守ることにつながっていくのではないでしょうか。

    
関西国際大学人間科学部 坂野剛崇
   
   
    
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by oniwabann | 2018-05-31 09:10 | 人権 | Comments(0)

 自閉症の息子はこの春、特別支援学校高等部を卒業し、市内の作業所で社会人としての一歩を歩み始めました。
 赤ちゃんの頃は大人しい子で楽な子育てでしたが、一歳を過ぎた頃から全く目が離せなくなりました。いつまで待っても言葉は出ず、一歳半検診で専門機関の受診を勧められ療育がスタートしました。
 当時、三木から唯一通うことができた高砂の児童学園に二年間通った後、市内の幼稚園に進級しました。園長、担任、加配、ことばの先生、園一丸となって落ち着いて過ごせるよう様々な工夫を凝らしてくださいました。絵本部屋を空け、息子が休憩できる部屋を設置したり、絵が得意だった担任の先生が保護者向けのお便りを作成したり、当時通っていた療育機関への見学をしたりなどできることは何でも協力してくださいました。登園すると二階の遊戯室の窓からいつも女の子が「おはよう!」と声をかけてくれて、息子はあっという間にみんなのアイドルになりました。毎日びっしり書かれた先生からの連絡帳。それを読みながら少しずつ心が満たされていきました。
 そして卒園前の生活発表会。劇の中で小さくなって床に座る場面。次の動きに移るとき近くにいた女の子が息子に手を貸そうとしたのですが、別の男の子が「○○君は一人でできるから手伝わなくていいよ」と言ったのです。わずか五歳の子が言える言葉ではありません。一年間、先生方がどうやって接してくださったか、周りの園児たちにどういう姿を見せてこられたか。自分でできることが少なかった息子。けれども何でもかんでも先生が手伝ってくれたわけではなく、少しずつ自分でできることを増やすため、また子ども同士のコミュニケーション力を育てるため、時には距離を置いて見守ることも。そんな先生の支援の仕方をこの男の子は実によく見ていたのだと思います。そして、このクラスの子たちと一緒に小学校に入学しました。
 四年生の途中から息子は集団登校することになりました。それまでは私が個別に送っていましたが、六年生の姉が卒業する前にチャレンジしてはどうかという担任の先生の配慮で、最初は付き添いながら少しずつ離れていき、すぐに子どもたちだけで登校することができるようになりました。先生は毎朝校門の前で出迎えてくださいました。こうして一度も問題なく卒業するまで続けることができました。その頃はこの先ずっと毎日息子の送迎をするのかなぁと漠然と考えていましたので、束の間でも送迎から解放されたことはとてもありがたかったです。
 このように、たくさんの方々との出会いがあり、「私も誰かの役に立ちたい」と思うようになりました。息子が幼稚園に通っていたとき、一人のお母さんがボランティアを探していることを知り、まずは自分のできることをしよう、そう思いお手伝いを始めました。
 ある日、そのお母さんに幼稚園でミニコンサートを開いてほしいと頼まれ、ピアノを勉強していた私はチェロの伴奏を務めることになりました。そのコンサートがきっかけでできたのが「ムジカドルチェ」です。
 それ以来、約一〇年間「コンサート会場に行くことができない方の元にこそ生の音楽を届ける」をモットーに癒しのひと時を届けてきました。障がいのある子どもを育てながら行う活動だからこそより意味があると感じています。コンサートの中で時折息子の話をさせていただけることもあり、息子がいなければ今ほど障がいについて考えることもなかったでしょう。ムジカドルチェは息子からのプレゼントです。
 辛かった時もありました。そのことを忘れずにお世話になった方々に感謝の気持ちとともに、同じ境遇の方に寄り添いエールを送る気持ちでこれからも演奏していきたいと思います。
    

ムジカドルチェ  藤田紀子
   
   
   
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by oniwabann | 2018-04-27 09:08 | 人権 | Comments(0)

 特別支援学校を卒業した陸上好きの若者たちと陸上競技のチームをつくって8年になります。私はそのチームで代表兼コーチをしています。65歳になった今もメンバーと一緒に練習し、時には記録会などの短距離走で真剣に勝負したり、リレーメンバーに加わったりして楽しんでいます。10人ほどのメンバーは、一人ひとりが個性的で、種目や走力、めざす目標もそれぞれですが、仕事を終えてからの練習に熱心に参加しています。
 今から約2年前に「障害者差別解消法」という法律が施行されました。法律がめざすものは、障害の有無にかかわらず、みんながお互いにかけがえのない個人として尊重し合いながら、共に安心して生き生きと暮らしやすい社会をつくることです。そのために障害を理由に差別や排除をしないことや平等な権利の行使を阻む社会の「壁」を話し合いながら取り払うように求めています。
 しかし、現状はこの法律が求めるものからかけ離れているように感じます。以下の事例は、この法律が施行される少し前に私自身が体験したことです。
 一つ目は、チームのメンバーが家族などとともにA市にあるトレーニングルームで「マシンを利用したい」と申し出た際の施設職員の対応でした。事前講習を受けているのに、マシンを利用するには家族やコーチが付き添うことや、利用料とは別に、トレーニングルームに入るという理由で付き添い者も利用料が必要とのことでした。
聞いて唖然としました。付き添うように条件を出したのは施設側なのに、なぜ利用料が上乗せになるのか、さっぱり理解ができません。また、メンバー一人ひとりと直接対面しようともせず、「障がい者」としてひとくくりにして、「何もできない、何も分からない」人たちととらえているように感じました。その後、法律のことも交えながら抗議した結果、付き添い者は無料になり、利用者の料金もなぜか半額になりました。しかし、職員は手が回らないので、「何かあったら困るので、付き添ってほしい」という条件は変わりませんでした。
 二つ目は、B市で開催された陸上競技大会の事前説明会でのことでした。選手の中には、競技場のトラックに引かれているラインの破線が見えにくく、特に100m走の走路で実線と破線が交差するところでは、実線に沿って走ってしまい、別のレーンに入ってしまうことがあります。そのため、事前に選手と何度も試走しレースに臨みますが、それでもうまくいかないことがあります。説明会では、破線部分に白いテープを貼り、実線に見えるようにしてもらうよう申し入れました。しかし、「テープは貼るが、その選手の記録は参考記録となり全国大会には出場できない」との回答でした。
 納得がいかず、問い合わせると、これまでに前例がないことや他に問い合わせをした結果だとの回答でした。これに対して、テープを貼ることでその選手が他の選手より有利になるということは一切なく、視覚障がい者や聴覚障がい者と同様に個別の対応が必要であることなどを訴え、その後も訴え続けた結果、ようやく昨年の大会冊子の備考欄に「破線→白テープ」と記載され、正式記録となりました。
 二つの体験から4年ほどが経ち、法律も施行された今、障がいのある人たちに対する意識や状況はどれほど変わったでしょうか?「障害」は、その人の一部であり、その人のすべてではありません。そして、一人ひとりが望むことを妨げられたり、みんなと同じ権利を行使することを阻まれたりすることがあってはなりません。立ちはだかる「壁」を少しずつ取り払い、だれもがこの世に生まれ、生きている喜びを心から感じ合える社会をみんなでつくっていきましょう。
   

三木市人権・同和教育協議会 人権教育・啓発専門員 稲見臣二
   
   
   
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by oniwabann | 2018-03-29 08:55 | 人権 | Comments(0)
 教育事業は、被差別部落の子どもの学力保障や人権確立のために運営されてきましたが、長年その運営に関わってきた中で、印象深い出来事があります。
 十数年前のことです。教育事業で学ぶ小学6年生の2人が職員室に抗議をしに行きました。担当の教師はしっかりと対応してくれたのですが、本人たちが納得していないようだということで、私に相談がありました。
 中身は「私らが差別を受けるかもしれないから学習しないといけないと先生は言うけど、なんで私らだけが学習せなあかんの」ということでした。つまり、本当は差別するかもしれない人が学習するべきではないのかということです。そこで私は、この2人のためだけにクリスマスパーティーを開き、話をすることにしました。2人は「私ら、この部落を出ていったら差別を受けへんのと違うの?逃げたらいいんや」と言うのです。
 皆さんならどう答えるでしょうか。私は「それは間違っている」とは言わず「ごめんな。あんたらにそんな思いをさせているのは大人の責任や。あんたらがそうしたいならそうすればいい。でも、逃げても差別は追いかけてくるし、そんな生き方、嫌やと思わへんか?自分を育ててくれた故郷からなんで逃げないかんの?差別するほうが悪いんやろ」と言いました。この子らが大人になる頃には、差別がない世の中にできているだろうか、と自分に問いながら。
 そして今、心配していた事態が起きています。インターネット上での差別的な書き込みや部落の地名・人名リストを公表し、部落の中を撮影した動画を流す人たちがいます。それによってどれだけ多くの人が苦しめられるのかを顧みることなく。このサイトを利用して、結婚やつき合いで相手の人が部落の人かどうか、身元調査をする人がいます。それが差別だという認識もなく。
 「自分は差別なんてしないから関係ない」という声を聞くことがありますが、この感覚は差別を野放しにします。インターネット上で差別的な書き込みをしている人も「自分は差別なんてしていない」という感覚で書き込んでいるのです。つまり、何が差別かを分かろうとせず、その行為がどれだけ人を傷つけるのかを考えていないのです。
 その書き込みを見て「そうなのか」とうのみにしたり「自分には関係ない」と見過ごしたりするのではなく、人権という観点から、しっかりと批判できる力をつけることが大事です。このような差別書き込みに対して削除要請や抗議をしても効果がなく、むしろ反撃を受けるという事態も出てきました。この状況を打破しようと、一昨年12月「部落差別解消推進法」が施行されました。
 この法律は、「部落差別は許されない」と明記し「部落差別のない社会を実現する」ことを目的として成立しました。国や地方自治体に教育・啓発、相談、実態調査に取り組む責務があることを盛り込み、国民に理解を求めています。
 人権は誰かが与えてくれるものではない、と私は思います。「障害者差別解消法」「ヘイトスピーチ対策法」もそうですが、深く傷つけられたマイノリティが体を張って闘ってきたからこそ、人権尊重社会へと前進してきたのです。でも、人権課題の解決は、その人たちにまかせておけばいいわけではありません。むしろ、差別している人、差別するかもしれない人の問題ですから、みんなで考え、取り組む課題なのです。
 「なんで私らだけが…」―小さな声に耳をかたむけて、誰も排除せず、共に生きていく取組を、みんなで進めていきたいと思います。
   
   
   
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by oniwabann | 2018-02-28 09:32 | 人権 | Comments(0)